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山形地方裁判所 昭和56年(行ウ)1号 判決

原告

高橋豊

原告

武田和子

右両名訴訟代理人弁護士

沼澤達雄

被告

山形大学長 久佐守

右指定代理人

阿部則之

峯岸利夫

小林忠治

佐藤栄一

井上邦夫

田口幸広

岡田守正

山川浩一

武田陽

渡邊尚身

近藤健夫

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告が昭和五六年八月二〇日原告らに対してなした、同年九月三〇日限り退職させる旨の予告(免職処分)はこれを取り消す。

2  (予備的請求)

被告が昭和五六年一〇月一日付で原告らに対してなした同年九月三〇日限り退職した旨の意思表示(傭止め)はこれを取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告による任用

(一) 原告高橋豊は、昭和五五年九月一日、被告に非常勤職員として採用され、別紙二記載のとおり山形大学医学部附属病院(以下「山大病院」という。)診療記録部の受付、カルテ作成整理等の職務に従事してきた。

(二) 原告武田和子は、昭和五一年一一月一日、被告に非常勤職員として採用され、原告高橋と同様の職務に従事してきた。

2  本件各処分

(一) 被告は、原告らに対し、昭和五六年八月二〇日、原告らを同年九月三〇日限り退職させる旨の予告(以下「本件退職予告」という。)をした。

(二) 被告は、原告らに対し、同年一〇月一日付で、原告らが同年九月三〇日限りで退職した旨の通知(任用更新拒絶、いわゆる傭止めの意思表示である。以下「本件退職通知」という。)をした。

3  右各行為の処分性

(一) 被告の前記1の各任用(採用)は、任期の定めのないものであった。したがって、被告の原告らに対する本件退職予告は免職処分である。

(二) 被告の前記任用は、任用更新の反復により、任期の定めのない任用に転化したものである。

したがって、被告の原告らに対する本件退職予告は、免職処分であるから、行政処分にあたる。

(三) 仮に、被告の右各任用行為が任期の定めのあるものであったとしても、いずれも必ず更新がなされるとの再任用の約定がなされた。

すなわち、原告高橋は昭和五五年八月六日に、原告武田は同五一年一〇月に、採用のための面接試験を受けたが、その際被告の任用事務担当者である山形大学医学部管理課、課長補佐訴外田中哲雄から、原告らの勤務条件の一つとして、任期は一年であるが、任用は必ず更新し、自ら退職しない限り継続して働いてもらうとの説明を受け、原告らは右条件を了承して、被告に採用されたものである。

したがって、被告は、任用更新義務を負い、原告らは被告に対し任用更新請求権を有するところ、原告らは昭和五六年四月一日任期を同年九月三〇日までとして任用更新されたのであるから、本件退職通知は傭止めすなわち任用更新拒絶の意思表示であって、行政処分に該当する。

(四) 期待権の侵害

(1) 前記のとおり、原告らは、採用面接時被告の任用事務担当者から、任期が満了しても必ず任用を更新する旨の説明を受け、これを勤務条件として被告に採用されたものである。

(2) 山大病院の非常勤職員のうち、更新を希望しながら任用更新を拒否されたのは、原告らとほか一名のみであり、他の者は全て任用更新され継続して雇用されている。

(3) 右のように、山大病院の非常勤職員は任用更新の反復により継続して雇用されているが、別紙一記載のとおり、原告高橋は、昭和五五年九月一日に採用され、同五六年三月三一日退職、同年四月一日採用と任用更新され、原告武田は、同五一年一一月一日採用されて以来約五年間反復して任用更新された。

(4) 山大病院の非常勤職員の業務は、一時的、臨時的なものでなく、恒常的なもので、一定の人員を常に必要とするものであり、また、その勤務形態は、常勤職員と異なるところはない。

(5) 以上の諸事情によれば、原告らには、任期満了後も任用更新されることに対する法的に保護された期待権があるものというべきである。

(6) 人事院規則八―一二、国家公務員法(以下「国公法」という。)六〇条などは、期限付任用職員につき任用更新がされない限り任期満了をもって当然退職する旨規定するが、これらは一時的業務に従事する職員を予定した規定であり、山大病院のように恒久的業務に従事している常勤的な非常勤職員に対する任用更新拒否の場合にまでそのまま適用されるものではない。人事院規則八―一二第七四条二項は、非常勤職員の任用更新を認めている。

また、任期付非常勤職員につき任用更新が反復継続された場合に更新に対する期待権を認めても、任用の要式行為性に直接抵触するものではない。

(7) 以上のとおり、原告らには任用更新に対する期待権があるから、被告の原告らに対する本件退職予告は、右の期待権を侵害する一種の行政処分であり免職処分である。

また、被告の原告らに対する本件退職通知(傭止め)は、原告らの右期待権を侵害するものであるから、一種の行政処分にあたる。

(五) 被告は、本件退職予告あるいは退職通知において、山大病院診療記録部の業務の改善、コンピューター導入などによる合理化の促進計画などによる人員の削減、原告らの経験不足、欠勤が多いことなどを理由としており、被告自ら右各行為が一種の行政処分であることを認めているというべきである。

4  本件各処分の違法事由

(一) 被告は、原告らに対し、本件退職予告において、原告高橋については経験不足、コンピューター導入による合理化を、原告武田については欠勤が多いこと、コンピューター導入による合理化をそれぞれ理由としているが、原告らに右のような事由は全くなく、処分権を濫用するものであるから、被告の右処分は違法である。

(二) また、本件退職通知(傭止め)も、山大病院の業務の内容及び業務量からみて、原告らを臨時用務員として不要とする合理的理由はなく、また原告らに任用更新を拒否される理由は全くないから、被告の右処分は、処分権を濫用した違法なものである。

よって、原告らは、主位的に本件退職予告(免職処分)の、予備的に本件退職通知(傭止め)の取消しを求める。

二  本案前の答弁の理由

被告による原告らの任用は、任期を付しての任用であって、原告らは任期である昭和五六年九月三〇日限り任期満了により当然退職したものであるから、原告らの主張する昭和五六年八月二〇日の本件退職予告及び同年一〇月一日付本件退職通知は、いずれも行政処分に該当しない。したがって、本件訴えはいずれも不適法である。

1  国公法三三条、三六条は、職員の任用は同法及び人事院規則の定めるところにより、原則として競争試験により、例外的に選考によって行う旨を定め、国公法附則一三条は、同法一条の精神に反しないものであることを要件として、一般職に属する職員に関し、別に法律又は人事院規則を以って規定することができる旨定めているところ、人事院規則八―一四(非常勤職員等の任用に関する特例)は、非常勤職員の採用は競争試験又は選考のいずれにもよらないで行うことができる旨を、人事院規則八―一二(職員の任免)七四条一項三号及び人事院規則一五―四(非常勤職員の勤務時間及び休暇)一項は、臨時的任用以外にも、任期を定めて、常勤職員の一週間の勤務時間の四分の三をこえない範囲内で勤務する非常勤職員(いわゆるパート職員)を採用しうる旨を明らかにしている。

2  そこで、被告は、昭和三六年三月三一日付文人任第五四号「非常勤職員の任用およびその他の取扱いについて(文部省大臣官房人事課長通知)」記の一にいう非常勤職員として任期を定めて別紙一記載のとおり原告らを採用した。

被告は、昭和五六年四月一日、原告らを任期を同年九月三〇日として採用したが、右任用期間内における原告らの職務内容は、別紙二記載のとおりであり、いずれも補助的、代替的な単純労務であって、期限付任用の非常勤職員をあてても公務の民主的、能率的な運営を阻害するものとはいえないから、右任期を定めた任用は適法である。

3  したがって、原告らは、昭和五六年九月三〇日限りで、任期満了により、当然に退職するものである(人事院規則八―一二第七四条一項三号)から、被告が原告らに対し、同年八月二〇日に同年九月三〇日限りで退職になる旨を予告した行為及び同年一〇月一日付で同年九月三〇日限り退職した旨の通知をした行為は、いずれも単に事実の通知にすぎず、原告らの法律上の地位ないし権利関係に何らの影響を及ぼさず、何ら法的効果を伴うものでないから、右各行為はいずれも行政処分に該当しない。

4  期限付任用と任期の定めのない任用とは全く性質を異にする別個の任用行為であり、しかも、常勤職員の任期の定めのない任用行為は、人事院規則八―一二第七五条一号が規定する厳格な要式行為であるから、任命権者による任期の定めのない職員への任用行為がなければ、任期の定めのない職員への任命が有効に成立しうる余地はない。

そして、国家公務員の任用行為は、国家公務員たる地位の設定、変更を目的とする重要な法律行為であり、その勤務関係は公法上の権利義務の関係であって、任免に関する事項は法規による厳格な規制を受けるものであるから、たとい期限付任用が任用更新により長期間継続したとしても、任期の定めのない任用に転化する余地はない。

5  したがって、また、原告らに、任用の更新につき法的に保護すべき期待権は存しない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告らが、原告ら主張の時期に、被告に非常勤職員として採用され、山大病院診療記録部の職務に従事したことは認める。原告らの主張する原告らの職務内容は昭和五六年四月一日から同年九月三〇日までのものである。

2(一)  同2(一)の事実は認める。ただし、退職の予告行為が行政処分であるとの点は争う。

(二)  同(二)のうち、被告が原告らに対し昭和五六年一〇月一日付で同年九月三〇日限り退職した旨の通知をしたことは認めるが、右通知が意思表示であるとの点は争う。

3(一)  同3(一)の事実は否認する。被告の本件各任用は期限付任用である。

(二)  同(二)は争う。

(三)  同(三)のうち、原告らが原告ら主張の日に採用面接を受けたこと、右採用面接の事務担当者が田中哲雄であること、原告らが昭和五六年四月一日任期を同年九月三〇日までとして被告に採用されたことは認め、その余の事実は否認する。

(四)(1)  同(四)(1)の事実は否認する。

(2) 同(2)のうち、昭和五一年から任用が更新された者あるいは二、三年間任用を更新されているものがいることは認め、その余の事実は否認する。

(3) 同(3)のうち原告らが別紙一記載のとおり採用、退職を繰り返したことは認める。

(4) 同(4)のうち、山大病院の非常勤職員の業務が恒常的なものであり、一定の人員を必要とするものであることは認めるが、その余の事実は否認する。右非常勤職員の勤務型態が常勤職員と異ならないとの点は争う。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1のうち、原告高橋が昭和五五年九月一日に、原告武田が同五一年一一月一日にいずれも被告に非常勤職員として採用されたこと、被告が原告らに対し本件退職予告及び退職通知をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件退職予告あるいは退職通知が抗告訴訟の対象となりうる行政処分に該当するか否かを以下検討する。

1  前記当事者間に争いがない事実と(証拠略)、原告高橋豊本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告らは、被告から、いずれも常勤職員の一週間の勤務時間の四分の三をこえない範囲内の非常勤職員として、その任期を定めて、別紙一記載のとおり採用され、その後退職、採用を繰り返し、山大病院診療記録部に勤務し、外来受付、カルテの搬送等の職務に従事したこと、原告らは、昭和五六年四月一日の採用に際しては任期を同年九月三〇日までとして採用され(その旨人事異動通知書に記載されている。)、別紙二記載の職務に従事したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告らは、被告から任期を定めずに任用された旨主張するが、本件全証拠によっても右主張事実を認めることはできず、かえって、前認定のとおり、原告らは被告から任期を定めて採用され、その担当職務は前認定のとおり補助的、代替的な単純労務であるから右任期を定めた任用を無効ということはできない。

3  原告らは、原告らの任用更新が反復されたことによって任期の定めのない任用に転化した旨主張するが、原告らの勤務関係が公法関係であって任免に関する事項は法規による厳格な規制を受けるものであり、任用行為が厳格な要式行為であることなどを考慮すると、たとえ期限付任用が反復されたとしても、任期の定めのない任用に転化するものと解することはできない。

4  原告らは、仮に被告による任用が期限付任用であったとしても、被告と原告らとの間で任期満了後必ず任用を更新する旨の約定がなされた旨主張する。

しかし、被告の任用事務担当者であったことに争いのない被告職員田中哲雄が、原告らの採用面接において、原告ら主張のように任用を必ず更新する旨の勤務条件を明示したと認めるに足りる的確な証拠は全くないばかりか、前掲乙第一号証の一、三、第三号証の一、三、五、七、九、一一(いずれも原告らの採用についての人事異動通知書)にはすべて各任期が明示されており、また、証人田中哲雄の証言によれば、同人は原告らの採用面接を担当した一事務官に過ぎず、法規に明文のない再任用の約定を勤務条件として明示し得る立場にあったものではなく、したがってそのような条件を明示したものでないことが認められ、(証拠略)の記載及び原告高橋豊本人尋問の結果のうち、原告らの主張にそう部分はいずれもたやすく措信できない。

また、仮に、原告らが主張するように、任期満了後必ず任用を更新する旨の約定がなされたとしても、右のような任用行為が許されるとする実定法上の根拠はなく、また、職員の定数が定められていること及び任用行為の要式性などからすると法の予定しない任用類型であって、右のような任用行為は無効であるといわざるをえない。したがって、原告らが被告に対し右約定に基づいて任用更新請求権を有するものということはできない。

5  以上のとおり、被告は、原告らを期限付の非常勤職員として採用し、昭和五六年四月一日、任期を同年九月三〇日として任用したものであるところ、人事院規則八―一二第七四条一項三号によれば、任期を定めて採用された公務員は、その任期が満了した場合当然退職するのであるから、原告らは、昭和五六年九月三〇日限りで当然に退職したものである。

なお、原告らは、右規定が原告らのような常勤的な非常勤職員に関しては適用されない旨主張するが、その文言上原告ら主張のように解することはできず、また、前判示のとおり原告らのような常勤的職務に期限付の非常勤職員をあてることは適法であることに照らし、原告らの右主張は理由がない。

6  したがって、原告らの任用が任期の定めのないこと、あるいは任期の定めのない任用に転化したことを理由として、本件退職予告が免職処分であるとの主張、原告らに更新請求権があることを理由として本件退職通知が更新拒絶処分(傭止め)であるとの主張はいずれも理由がない。

7  原告らは、本件退職予告あるいは退職通知が、原告らの有する任用更新に対する期待権を侵害するものであるから行政処分に該当する旨主張する。

しかし、原告らが主張するように期限付で任用された公務員に一定の場合に任用更新に対する期待権を認め、これを法的に保護される権利として容認することは、任期満了によって当然に退職することを前提とする期限付任用を一定の範囲で設けた法の趣旨に反することであり、任期の定めのない公務員の任用行為が厳格な要式行為であり、厳格な法的規制を受け、また公務員の定数が定められていることなどを考慮すると、原告ら主張のような事情が存在したとしても、原告らの任用更新に対する期待は未だ事実上のものに止まり、法律上の権利ないし法的に保護された利益として認めることはできない。

したがって、原告らの右主張はその前提において理由がないから採用の限りでない。

8  以上説示したところによれば、原告らは、昭和五六年九月三〇日限りで当然退職したのであって、被告の原告らに対する本件退職予告あるいは退職通知は、それによって原告らの公務員としての法律上の地位ないし権利関係に対し直接に何らの変動を及ぼしたものでないから、抗告訴訟の対象となる行政処分(行政事件訴訟法三条二項)にはあたらない。

三  以上の次第で、本件訴えは、いずれもその対象を欠き不適法であるから、その余の点について判断するまでもなく、これを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井野場秀臣 裁判官 小野田禮宏 裁判官 竹内民生)

別紙一

〈省略〉

別紙二

〈省略〉

その他診療記録部所属のパート職員全員で、毎日一四時から一五時三〇分までの間次の業務を分担し、業務内容を一週間毎にローテイトさせながら処理していた。

一 診療済み外来カルテの搬送・返却及び収納

二 入院患者に係る外来受診カルテ・エックス線フイルム及び心電図の搬送

三 入院時の入院カルテファイルの作成

四 入院カルテのマイクロフイルム化撮影及びフイルムの整理並びに撮影済入院カルテの製本及び整理

五 外来検体及び外来・入退院カルテ・資料袋の搬送

六 外来患者に係るエックス線フイルム及び心電図等の整理並びに資料袋の作成

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